『おばんざい』のこと(杉本節子)

『おばんざい』のこと

2014年10月10日

杉本家10代目/公益財団法人奈良屋記念杉本家保存会常務理事兼事務局長/料理研究家 杉本 節子

杉本家住宅

杉本家住宅

『おばんざい』とは、京都で暮らしている私たちが、日々、何の気なしに食べている常の日のおかずのこと。市の無形文化遺産『京の食文化』のひとつの項目として「家庭のおかず(いわゆる「おばんざい」)」とされています。

おばんざいは、四季折々の滋味に富んだ京野菜を中心とした旬の食材や乾物を使い、お金をかけんと手間をかけ、安い材料も端っこまで使い切り、作ったもんは残らんように食べ切って、出来るだけ食べもんを捨てんようにする。そんな、使いまわしの工夫が凝らされた料理です。無駄をなくすことを「始末する」という言葉におきかえ、分相応に、足るを知り、贅沢をしすぎんようにという心がけが、おだいどこを預かる京おんなの暮らしの矜持です。

京おんなたちは、倹(つま)しくしながらも、食材への感謝の念を忘れず、そして、家族の健康や家の繁栄を願う気持ちを込めながら、刻みもんをしたり、煮炊きもんをしてきたのです。祖母、母がこしらえてくれた毎日のおかずは、飾らん、気取らん、気張らん料理。地味で飾りけの無いみてくれでしたけど、きれいになり過ぎひんところにこそ、家庭の手料理のよさがあるのです。

おこうこの炊いたん

おこうこの炊いたん

日本の伝統的な暮らしや習慣、感覚がうすれつつある現代、『おばんざい』に残されている質素倹約の精神、先人の知恵と工夫が見直されています。始末の心は、豊かになり過ぎた暮らしを戒めること、エコと節約にも通じるとして注目をあびるようになりました。

平成21年4月から2年間、毎月1度、NHKの料理番組『きょうの料理』に出演しました。テーマは『京のおばんざい』。四季折々の食材をひとつ選び、その食材から4~5品の料理を考えレシピ提案をしました。当初、1年間の連載の予定は、さらに1年の延長となり、毎月のテキストで紹介した料理は『京町家・杉本家の味 京のおばんざいレシピ』として1冊にまとまりました。

普段何気なく作り食べているただのおかずが、なんでこんなに人気になるのやろかと、正直なところ驚きました。王城の地、都であった京都への憧れ、興味と関心は、普段のおかずにまで及んでいること、そして、そうした料理やそれを継承していることが京文化の大きな魅力であることに改めて気づかされました。

おかぼの炊いたん

おかぼの炊いたん

さて、『おばんざい』という言葉ですが、今日のように使われるようになったのは、ここ半世紀ばかりのことだと思います。私が生まれ育ったのは、祇園祭の山町で、江戸時代から九代続く家です。界隈は、町衆文化が色濃く継承されてきた中心地であり、習慣や言葉使いなどには保守的な気風があるように思います。そんな環境の中で、日常の会話のなかに『おばんざい』という言葉を、祖父母(明治後期生まれ)、親戚縁者(明治前期生まれ)を含めて、大人たちの口から発せられたのを一度も聞いたことはありませんでしたから、この言葉への馴染みはありませんでした。

中学生か高校生の頃(昭和50年代半ば)、テレビの番組で『京のおばんざい』という表現を知り、祖母に「うっとこ(自家)では、おかずのことをおばんざいていわへんの。」と訊ねてみたところ「おかずていうてるえ、昔から。」という返事でした。また、中京区の鉾町の親戚にも同じ質問をしたところ「この界隈では、耳慣れん言葉やな。」ということでした。

あらめの炊いたん

あらめの炊いたん

『おばんざい』という言葉が京都の普段のおかずをいう言葉としてきかれるようになったのは、昭和39年に随筆活動をされていた大村しげさんらがこの言葉を連載記事で使われたのがきっかけのようです。以降、大村さんは、NHKきょうの料理に出演される時には『おばんざい』と称して京都のおかずを紹介され、執筆のテーマや著書のタイトルに『おばんざい』という表現を数多く使っておられます。大村さんが『おばんざい』という言葉を使われるきっかけは、『年中番菜録』(嘉永2年)という料理書に出会われたことからだそうです。

『おばんざい』は、大村さんの随筆家であり料理研究家としての活躍とともに、テレビ放送や活字となって全国的に知られるようになったのです。京都では、いわば逆輸入とでもいうのでしょうか、京都の普段のおかずを『おばんざい』という表現は、地元の大村さんらが活躍すると同時に、外部からの情報として受けとめられ、そして今、実用語として受け入れられつつあるのではないかと思います。この半世紀の間、大村さんを含めて、幾人もの京都の料理人や料理研究家が繰り返し、『京のおばんざい』を継承し提案し続けています。

『京の食文化』が市の無形文化遺産に選定され、京都の家庭に受け継がれてきた日常のおかずが「いわゆるおばんざい」として示しおかれたことを、より広く、多くの市民の方々に知っていただきたいと思っています。

杉本節子氏杉本節子
生家は重要文化財『杉本家住宅』。京町家杉本家と京都の年中行事・歳時記に関する歴史・食文化と伝統食を継承。食育活動、テレビ出演、著作執筆、食文化展示監修、国内外での講演、料理講師、大学客員教授など。平成24年12月京の食文化ニュージアム『あじわい館』開館記念展示『京のおばんざい文化展』監修。(現在も同館の季節展示監修を担当。)平成26年京都市『学校給食における和食の検討会議』委員。

京の食文化

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