暮らしのなかの『食』(秦めぐみ)

暮らしのなかの『食』

2014年9月4日

京都秦家 主宰 秦めぐみ

秦家住宅

秦家住宅

私の住まいは、明治2年上棟の表屋造りと呼ばれる京町家。古びた薬屋の屋根看板、虫籠窓、格子の佇まいは、一見、まるで時計の針まで止まっているようにみえますが、今でもここに、日々の暮らしは息づいています。

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正月は、門口の根引きの松が年神さまを迎えます。家のなかを、新春の形に調えるのに費やす時間を疎ましく思ってしまう怠け心との戦いは、毎年、悩ましいところですが、元旦の清々しい冷気のなかでゆらめく灯明の光に手を合わせる瞬間は、やはり心あらたまる大切なひとときです。
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鏡開きで多量にできる餅は、薄切りにして寒中の凍てた空気で乾燥させ『かき餅』としてストックします。粉山椒を効かせた醤油ダレに絡ませた『かきや』を、冷ごはんの上にバリバリ割って、熱い番茶をかけるお茶漬けは、冬ならではの朝ごはん。日常の道具からは遠のいた火鉢に炭をつぎ、網の上でかき餅がふっくら狐色に焼けていくのも、冬の暮らしの楽しみ事となっています。

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やがて、深い庇を越えて畳の上に届く陽射しが、目前に春のお彼岸が近づいていることを家人に知らせます。わが家では、先祖に供えるよもぎ団子を作るため、よもぎ摘みに出かけるのです。穏やかな陽だまりも、数時間後には雪混じりの時雨にと変わりやすい天気のご機嫌をうかがいながらの半日仕事ですが、冬枯れた草の下に生えるよもぎを捜していると、うごめきはじめた小さい命の営みにハッとする場面にも出会えて、ちょっとした早春のリクレーションといったところでしょうか。

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春の勢いは、タケノコの成長とともに走り続け、ハチクの吸い物をいただいたところでひと息つくように思います。この頃から、山鉾町に住まいをしていると、今年もまた忙しいなりますな。と、挨拶代わりに言葉を交わし、なんとなしに祇園祭を意識した暮らしの暦は夏へと向います。

この、我が家に唯一の生活スタイルからうかがえるのは、ささやかな毎日の積み重ねのなかで培われ、育つ、人の営みに欠くことのできない豊かな環境です。そして、そのなかにおいて『食』が中心的役割を担っていることも心しておきたいもの。何気ない日々の暮らしのなかで楽しさや感動をともなう生活リズムを作り、自然や人とのコミュニケーションを育み、それぞれの家に、それぞれの文化を構築することが、いまいちど求められている時代なのかもしれません。

秦めぐみ

秦めぐみ

はた・めぐみ 京都市生まれ。生家秦家住宅は18世紀半ばから近年まで薬種業を営んでいた商家で明治2年上棟「表屋造り」の京町家。京都市有形文化財登録。96年から一般公開し生活習慣や年中歳時など伝えながら維持保存に携わる。

京の食文化

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